フランス人肖像画 3

  • 2012.01.29 Sunday
  • 09:25




『フランス革命時の60の肖像画コレクション』1800年代 パリ刊行から

マリー=アンヌ・シャルロット・コルデー・ダルモン
(1768年-1793年)は、フランス革命において、ジロンド派を擁護し、ジャン=ポール・マラーを暗殺した女性

後世、その美貌から、暗殺の天使と呼ばれたが、
最後は断頭台へと消えたが、その途上の彼女の儚さに恋した男性も多かったという

三大古典詩人の一人、コルネイユの子孫である貧乏貴族の娘として、ノルマンディーに生まれたが、母と死別した13歳のときに修道院に入った。

読書を好み、ルソーなどを読む物静かな女性であったと言われている。


やがて、革命政府により修道院が閉鎖され、シャルロットは叔母のブルトヴィユ夫人のもとに身を寄せた。

革命を過激に推進するジャコバン派を嫌悪し、ジャコバン派との政争に敗れたジロンド派を支持するようになる。

カーン市に滞在中、パリでの抗争に破れ逃亡してきたペティヨンやバルバルーらジロンド派議員との接触の後、フランスのためにマラーの殺害を計画した

1793年7月9日、叔母の家から、パリに単身上京した。

7月13日、人民のために門戸を常に開いていたマラーを訪ね、彼らに対して陰謀がめぐらされていると言って傍に近づいた。

皮膚病を患っていたマラーは、浴槽からそれを聞いていたが、シャルロットが隠し持っていた包丁で心臓を刺され絶命する。


浴槽で入浴中の殺人事件


その場で逮捕され、17日、革命裁判で死刑の判決を受け、その日のうちにギロチンによって処刑されました。

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  • 1970.01.01 Thursday
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