飲み物の効用

  • 2017.09.14 Thursday
  • 11:41

 

 

 

JUGEMテーマ:古書・絶版本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きらきら1705年にロンドンで刊行された『熱い飲み物についてのアドバイス』

 

熱くしたコーヒー、ココア、紅茶、ブランデー、アルコールについての効用と

 

飲んで良い体質の人、又飲むと害のある人など詳しくアドバスしています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海洋図鑑

  • 2017.08.16 Wednesday
  • 14:53

 

 

 

 

JUGEMテーマ:古書・絶版本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きらきら海辺でヴァカンス中の皆様ご注意ください〜

 

 

 

ヴィクトリア時代に書かれた「海の怪物」

 

 

 

たちまち海から出たくなる内容です〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18世紀の暮らし

  • 2017.08.10 Thursday
  • 18:59

 

 

 

 

JUGEMテーマ:イギリス

 

 

 

 

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きらきらエドワード・ヴァレル・ルーカス著「お店の本 - The Book of Shops」から

 

 

 

 

フランシス・ドンキン・ベッドフォードの絵を多色石版画(クロモリトグラフ)にしています

 

 

 

 

ヴィクトリア時代の散髪屋さん

 

 

 

 

めずらしい最新の電動ブラシを使用しています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18世紀の海水浴

  • 2017.08.05 Saturday
  • 09:27

 

 

 

 

JUGEMテーマ:イギリス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きらきらイギリス、ジョージ王朝の時代

 

 

 

冷たい海での海水浴の風景です

 

 

 

こんな天気では、冷たい海に入りたい〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18世紀のイギリス

  • 2016.06.29 Wednesday
  • 10:45

JUGEMテーマ:イギリス

 

 

 

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きらきらこちらは、1773年マンチェスター刊行の『人間の情熱の詳細描写 - Human Passions Delineated』からの銅版画図譜です
 

 

当時の様々な残酷?な日常の場面が描かれています

 

 

歯科医が患者へ治療している場面です

 

 

 

 

この本は、後日HPで販売予定です〜

ぜひお手元に!!

 

 

 

 

 

 

 

18世紀のロンドン

  • 2016.01.21 Thursday
  • 09:38





JUGEMテーマ:イギリス



 
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きらきら1800年代のロンドン、テムズ川で


今はないことですが、この時代テムズ川が完全に凍ってしまうことが度々ありました


この地の漁師は、収入源をなくし、歩いて物乞いをしてしのいでいました


手には、漁師である証として網やオール、バケツなどを携えていました








 

18世紀のロンドン

  • 2016.01.20 Wednesday
  • 09:53



JUGEMテーマ:イギリス



 
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きらきら手にたたんだ傘を持った後ろ姿の男性の正体は・・・・



カウント・ジョン・テオドラ・ヴェルディオン


ドイツ王室に生まれた女性でしたが、30年もの間、ロンドンで男性として生きていました

ロンドンでの彼女は、ドイツ人学者で本の売買業をしていました

女性一人、仕事をするには都合がよかったのだと思われます

名前のテオドラは女性名なので、普段はジョンを名乗っていました

残念ながら不覚にも病気になり病院で女性だとバレてしまいました〜














 

18世紀のロンドン

  • 2016.01.19 Tuesday
  • 09:14



JUGEMテーマ:イギリス


 
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きらきら銅版画で見るロンドンです




1796年のロンドン、レドンホール・マーケットの様子




左から肩や手にたくさんの肉を抱えた、オールド・ポートゥリー(鶏肉専門店)と呼ばれた男、黒人の使用人を横に連れています、彼の販売する鳥肉は古いもので、半分腐っているものが多く有名でした

絵の中心には、果物を買っているトルコ人、先のとがった靴と頭のターバンが特徴的です

右手は、おもちゃを売っている中国の男性、ピックテールと呼ばれた腰まで下がった長い直毛の黒髪が特徴です

すでに国際都市の様子を見せています














 

マンゴー・マカロニ

  • 2015.07.17 Friday
  • 10:02




JUGEMテーマ:アンティーク版画







きらきら昨日のブログ、「マンゴー・マカロニ」(黒人の伊達男)とタイトルのついたファッション画について
 
もう少しこの絵について調べてみました・・・・・





彼の名前は、ジュリアス・スービーズ
(1754年-1798年)

奴隷から解放されたイギリス人の黒人
彼は、カリブ海のセント・キッツに生まれた、ジャマイカ奴隷の息子でした
10才の時にイギリス海軍大佐ダグラスに買われました
1764年にクイーンズベリー公爵夫人への贈り物とされました
彼はたちまち人気ものになり、着飾り、社交場へと連れていかれました
当時は、着飾ったかわいい黒人の子供は、貴族やお金持ちのペットのような持ち物として流行っていました
徐々に大人になってきた彼は、周囲からの羨望の眼差しから優越感を得るようになりました
本人も自分をプリンスと呼び、もてはやされました
最高のファッションにステキな部屋、上流社会の人々と交流し教養の得ます
公爵夫人との性的関係も噂されました
若くてハンサムな彼はフェンシングの名手になり有名になることで特権階級(セレブ)の黒人となりました

セレブになることで奴隷解放されましたが、美少年の魅力を失い成人男となったことでマスコット性が消えたことでパトロンを失ったことでもありました
しかし自由な生活は生活の保障を失うとこを意味しロンドンでの生活苦から、インドへとチャンスを求め旅立ちました
彼が旅立った2日後に元の持ち主であった公爵夫人は死亡しました
インドのカルカッタで乗馬学校を設立後、落馬事故で負傷し死亡しました





 

博物画図譜から

  • 2014.05.16 Friday
  • 14:51






まだまだ、輪ころがし (フープ遊び)に関して続きです〜


博物画図譜から

  • 2014.05.15 Thursday
  • 07:42













輪ころがし (フープ遊び)に関して続きです


どんなに人気なゲームだったことでしょう


東京オリンピックに追加したらいかがでしょうか?

博物画図譜から

  • 2014.05.14 Wednesday
  • 14:39


フランスで



中国でも



輪ころがし (フープ遊び)

今ではあまり見かけない「輪転がし」の遊びです

ギリシャ時代から西洋、東洋で人気の遊びだったようです


輪の種類も幅広く植物のつるから金属まで使用されていました





LE BON GENRE

  • 2014.03.29 Saturday
  • 09:13
「LE BON GENRE - 美しいスタイル」
1931年パリ刊行









大道芸人


横笛とドラムを演奏しながら

ひざからつった糸で器用に人形を操っています



Street entertainer with puppets dancing along a string tied to his knee while he plays fife and drum.


英国王室御用達 香水

  • 2012.10.27 Saturday
  • 13:14




こちらは、1730年に発売され現在でも人気のある自然派植物性の香水『FLORIS フローリス』です。

流行に左右されないほのかな香りは、あまり主張せずにいつでも使えて便利です〜
ユリ、バラ、ジャスミンやあらゆる植物から抽出した天然の香料です

250年間変らずにロンドンにショップがあります。

9世代にも渡る経営でイギリス王室御用達です。



東京でも三越やISETANで購入できます。

ショップのHPはこちらですnextURL

ワンダフル・キャラクターズ 22

  • 2011.03.04 Friday
  • 08:41


"THE BOOK OF WONDERFUL CHARACTERS"
『ワンダフル・キャラクターズ』1821年 ロンドン刊行

ヘンリー・ウィルソン&ジェームス・コールフィールド著



「ジョン・ブラウトン」

ピュージリスト - 格闘家(ボクサー)

1704年にイギリスで生まれました

初めて、イギリスで本格的なボクシングアカデミー(学校)を設立した人です

以前は、何年間も川の船頭をしていました

ドッズコートで船の競技があった際、彼は手漕ぎボートで優勝しました

その後は、船を降りプロボクサーになりがんばりました

1700年代の中頃、ロンドンでは、ボクシングが貴族たちやそこ貴族の親衛隊達(頭の悪い人たち)、成金、不良達などの間で大流行していました

当時、ロンドンの真ん中にあるトットナム・コートで、ジョージ・テイラーがボクシング場をつくりました

観客は、お金を支払いボクシング・ショーを見に来ました
試合で100〜150ポンドも集まりました

試合に勝ったボクサーは、そのうち2/3をもらい、敗者は、1/3をもらいました

そこでブラウトンは、負けしらずのロンドン一強いボクサーとして有名になりました

テイラーのボクシング場は不便さがあり、ブラウトンは、自らもっとロンドンの中心のオックスフォード・ストリートに1743年、ボクシング場を作りました

その場所は、ブラウトンズ・ニュー・アンピシアターといいました

1747年には、いままでなかったボクシング学校を作りました、そこには、ちゃんとした格闘用のグローブ(マッフルズ)なども用意し、生徒の安全を守りました

その学校は、たちまち人気になり大勢の生徒が押し寄せました、その結果ブラウトンは、大金持ちになりました

彼は、このアカデミーを経営する傍らチャンピオンとしてリングにも上がり続けました

しかし、1750年にスラックという名のボクサーに惨敗してしまいました

チャンピオンには、多額のお金がかかっており、観客は、その試合で何千ポンドも失い、勝者スラックは600ポンドもの大金を手にしました

その一戦でリタイアを決めました、彼の作ったニュー・アンピシアターも閉場しました

その後は、カンバーランド公爵の後援で2人でヨーロッパを旅しました
ドイツでは、フレデリック王の軍人たちと面会しました、その際に、カンバーラント公爵は、ブラウトンに

「君は、ここにいる全員と一気に戦うことができるか?」と質問したところ、

ブラウトンは、
「もちろん、全員と戦えます、でもその間にちゃんと朝食を食べさせてくれるなら」
と答えました

ブラウトンは、1789年に85際で亡くなりました。彼の残した財産は、7000ポンドもあったそうです。

葬儀場では、ある男が「ブラウトンよりも強い男は、17年間いなかった、彼こそがチャンピオンの中のチャンピオンだった」と語りました

ブラウトンは、ボクシングだけでなく棒や刀の競技も上手だったそうです







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